嘘屋

 


・女:主人公。20代。名前はリカコ。
・店:嘘屋店主。怪しげな老婆。車椅子に乗り、マントで顔は半分隠れている。
・母:リカコの母。
・父:リカコの父。

上演時間:30分

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   【@BGM嘘屋】
   
   【BGM開始17秒後→上手スポットON】

店  (客席に向かって)
   いらっしゃいませ、お客様。嘘屋へようこそ
   当店ではありとあらゆる嘘を取り扱っております。
   嘘も方便。嘘八百。
   嘘から出たまこと。嘘つきは泥棒の始まり
   信じる者は救われる。正直者が馬鹿を見る
   いえいえ、罪悪感など必要ありません。
   嘘は人生の潤滑油。生きていくのに絶対に必要なものです。
   
   【下手スポットON】
   【BGM音量下げる】
   
女  ああ、もう! なんで起こしてくれなかったの!?
母  お母さん、ちゃんと起こしたってば。
店  嘘。
父  朝くらい一人で起きれなくてどうする?
母  そうよ。これからは逆に、リカコがタダシくんを起こしてあげる立場になるのよ
女  結婚したら、ちゃんとするってば
店  嘘。
母  あ、お父さんも準備して。病院の予約10時だから。
父  必要ないと思うがなぁ。ただの寝冷えだろ。いまは全然痛くないし。
店  嘘。
母  念のために検査しておいた方が、お父さんだって、安心できるでしょ?
父  別に、もとから不安になんて思ってないんだが(下手へ退場)
店  嘘。
女  いってきまーす(上手へ退場)
母  いってらっしゃい。あ、リカコ! タダシさんにこないだのおみやげのお礼言っておいて!
   あれ、すごくおいしかったって!
店  嘘。

   【下手オフ】
   【音量戻す(あげる)】
   
店  さあさあ、ぜひ当店へ立ち寄りください。
   どんな嘘でもお売りします、どんな嘘でも買い取ります。
   当店をどう使っていただくかは、お客様しだい…………(暗転)

   【暗転】
   【BGMフェードアウト】
   
女  もしもし? 
   【普通照明】
   うん、いつものとこ。もうついてるけど。え、電車が? あーいいよ。10分くらいでしょ。
   このへんで待ってる。うん、じゃあね(電話切る)
   ふぅ……ん?(看板見つける) うそ、や? 
   こんなところにこんな店、あったっけ?(おそるおそる下手から中央へ)
   
店  いらっしゃいませ、お客様。嘘屋へようこそ
女  嘘屋……ってなに?
店  その名の通り、嘘を取り扱っています。
   どんな嘘でもお売りします、どんな嘘でも買い取ります。
女  嘘を、買い取る?
店  たとえば、あなたの場合……ふむふむ、婚約者に対してついている嘘
女  しっ、失礼ね! 私は彼に嘘なんてついてないわ
店  なるほど……『愛する男性は婚約者だけ』という嘘ですか
女  それは嘘じゃない!
店  ほぉ〜、期間は三年間ですか
女  な……! あなた、なんでそこまで知って……
店  これほど長期間の嘘でしたらいい値段がつきます。二百万円でいかがですか?
女  わ、私を脅迫する気! 二百万払えば黙ってるって言いたいのね?
店  とんでもない。逆です。私が二百万あなたにお支払いしますよ。その嘘の買い取り金額として
女  え?
店  (ふところから二百万出して)さぁ、いかがですか?
女  ……?(思わず受け取ってしまう)
店  契約成立。これであなたの嘘はもう当店のものです
女  えっと……これ、くれるの?
店  もちろん。それはもうあなたのものです
女  じゃ、じゃあ遠慮なく
   【女、下手に移動→下手ON+普通OFF】
   
女  あ、タダシ。ねえ、きいてよ。さっきあの店で……
女  えっ?
女  ど、どうしたの、いったい?
女  わ、わからない。あなたが何を言っているのか……
女  なっ!! なんで、いつのまに、こんな写真……!
女  ま、まって! これは違うの! こいつに脅されて! 愛してるのはあなただけなの!
女  なんで、いきなり、こんな……うそ……嘘よ……そうか、あいつね!
   【女、退場→普通ON(下手OFF)】
   
女  嘘屋、あんたっ、あんたね!
店  はて? なんのことやら
女  ふざけないで! あなたがばらしたんでしょ!
店  ばらす? なんのことでしょうか?
女  私の嘘よ! あなたが彼に私の浮気のことを話したんでしょう?
店  とんでもない。私はあなたの嘘を買い取っただけです。
女  何が嘘を買う、よ! バカバカしい!
店  困りましたねぇ。そもそもどうやって私があなたの恋人と話すのです? 
   私はあなたがたの家も電話番号も知らない。名前すら知らないのですよ?
女  だっ、だけど!
店  あなたは嘘を売り払った。売ったものはもう使えない。
   嘘が使えないから、真相は隠せない。当然の事です
女  じゃ、じゃあ買い戻す! 私の嘘を返して!
店  申し訳ありませんが、もうあの嘘は別の人に売り渡しました
女  誰に?
店  あなたと同じく、浮気している人にです。ただその人はあなたと違って嘘が下手でしてなぁ。
   このままじゃ夫にばれてしまう。そこで当店に来たのです。三年間恋人を騙すことに成功した嘘。
   これは一級品ですからなぁ。多少の大金を払ってでも欲しいとこでしょう。
女  大金っていくら?
店  本当は企業秘密なのですが……ずばり210万円。買い取り金額が200万。 
   差額の10万がうちの儲け。良心的価格でしょう?
   うちは誠意第一、正直が売りの……あ、売るのは嘘でしたねぇ、くっくっく……
女  ふざいけないで! ああ……私これからどうすればいいの? 結婚するつもりで、
   もう仕事も辞めてしまったのに。たったの200万でこれからどうやって生きて行けば……
店  200万では足りませんか? もっとお支払いしましょうか?
女  え?
店  いくらでも払いますよ。新しい嘘を譲っていただけるのなら。何か他にお持ちじゃないですか?
女  ……私は、実はアメリカ人なの
店  くっくっく……
女  しかも実は男よ。年齢は10歳。霊が見える。超能力も使える。それから……
店  くくく、おやめください。そんなすぐにばれるような嘘は買い取りできません
女  く……
店  どうぞ、また別の機会にいらしてください。一級品の嘘が手に入りましたら、どうぞご連絡を

女  一級品の嘘……つまりばれない嘘ってことね。
   確かに私の浮気は三年間ばれなかった一級品。そういう嘘ならまた買い取ってもらえる……そうだ
   【女、下手に移動→下手ON+普通OFF】
   【チャイムを押す→効果音「Aチャイム」】
   
近所  は〜い、ん? 何のご用でしょうか?
女  あ、いえ、私じゃありません。今小学生くらいの男の子たちが押して、走って逃げて行きました
近所  あー、近くの子のいたずらか。ったく……
女  ……よし
   【女、退場→普通ON(下手OFF)】

女  ねえ、ちょっと! 嘘持ってきたわよ!
店  はいはい。お呼びでしょうか?
女  嘘を、買い取ってちょうだい。さっき、そこで……
店  ああ、説明は結構です。ん〜『いたずらをしたのは自分じゃない』という嘘ですか
女  見ただけでわかるの?
店  そりゃあもう、こちらもこれで生計を立てているのですから。
   しかし、ん〜、買い取りはできません
女  なんで! 呼び鈴で出てきた人は完全に騙されてたわよ。間違いない
店  確かにばれにくい嘘でしょうが、小さすぎます。まーどうしてもというなら50円でいかがですか
女  50円? 待ってよ、前のは200万だったでしょ!
店  そりゃ嘘によって値段は変わりますよ。
   これは子ども用の嘘。当然値段も子どものおこづかい程度になります
女  そんな……!
店  次回はぜひ、より大きな嘘をお持ちください
女  大きな嘘……
店  はい。浮気の嘘のように人生を左右するもの。ばれてしまったら人生が崩壊するレベルの嘘です
女  ……わかった
   
女  とはいっても、そんな嘘、どこで手に入るんだか……
   【女、下手に移動→下手ON(普通OFF)】
女  ただいま〜
   お母さん、ただいま
母  ……おかえり……
女  ……どうかしたの?
母  あのね、お父さんのことなんだけど……
女  なに?
母  驚かないで聞いてちょうだいね。お父さんの検査の結果が出たの……
   癌だって。長くても残り半年の命だって……
女  ええっ?
母  でもお父さんにはただの胃潰瘍だからすぐに治るって言ってあるの。
   真相を知ったらきっとショックだろうし……でも本当のことを言ってあげた方がいいのかもしれない
   ああ、どうすれば……っ!(泣き崩れる)
女  お、落ちついて。えっと、お父さんは本当の事を知らないのね?(母を抱きかかえながら)
母  ええ、ただの胃潰瘍だって、本当に信じてるわ
女  そう……
母  ねえ、どうしたらいい? やっぱり本当の事言うべきだと思う?
女  いや……隠しておきましょう
母  そう……そうよね。お父さんを騙すようで心苦しいけど、やっぱり言わないほうがいいわよね?
女  ええ、安心して……それは『いい嘘』だから。(母に見えない角度でニヤリと笑う)

   【上手ON(下手ONのまま)】
   【BBGM嘘屋】
   
店  「もしあなたがあと半年の命だったら、そのことを正直に教えてほしいですか?」
   こうきくと、多数の人は「はい」と答えます。

   【下手オフ】

店  では、質問を変えて。
   「もしあなたの大切な人があと半年の命だったら、そのことを正直に教えてあげますか?」
   こうきくと、多数の人は「いいえ」と答えるのです。
   残り少ない命であれば、大切な人には穏やかに人生を送ってほしい。
   実に優しい嘘です。素晴らしい嘘です。一級品の嘘です!

   【BGMカットアウト】

女  つまり、高く売れるっていうことね。

   【普通ON(上手OFF)】

店  そうですね。一千万円でいかがでしょう
女  一千万か。悪くないわね
店  前回のようなクレームにならないよう 念のため確認させてもらいますが、
   本当によろしいのですね? 嘘を売るということは真実が暴かれるということ。
   お父様が自分の病名、自分の寿命を知るということになりますが
女  自分の寿命を知るのは決して悪い事じゃない。
   このまま嘘をつき続けたって寿命が延びるわけじゃないんだし
店  かしこまりました。それでは……その嘘はもう当店のものです!

   【暗転】
   (暗転)暗闇の中で、絶叫、暴れる音
父  うわあっ、うわああああああ!
母  お、おとうさん! 落ち着いて!
父  いやだ! 死にたくない! なんで私が! 死にたくないー!
母  やめて! 誰か! お医者さん! だれかきて!
父  死にたくないー! うわあああ!

   【静寂→下手オン】

女  お父さん……大丈夫?
母  さっき……お医者さんに鎮静剤をうってもらって。
   それまで、暴れて大変だったんだけど
女  そ、そう……
母  きっとこうなると思って……だからお父さんには秘密にしていたのに、なんで……!
女  ……
母  ねえ……あなたじゃないわよね? お父さんに病名ばらしたの……?
女  ち、ちがうわよ! 私が言うわけないじゃない!
母  そうよね……ちょっとお父さんのそばにいてくれる? 私買い出しいってくるから
女  うん……
   (母、退場)
女  えっと……お父さん? 聞こえてる?
父  ……
女  何か欲しいものがあったら言ってね。買ってくるから。
父  ……ありがとう
女  お父さん。
父  おまえは本当にやさしい娘だ
女  何言ってるの、娘として当然よ
父  そんなお前に頼みがある……私と一緒に死んでくれ
女  え?
父  もうすぐ死ぬと思うと怖いんだ。でもお前と、それに母さんが一緒なら怖くない。
   な? 死のう? 家族三人仲よく天国で幸せになろう?
(父、女の首をしめる)
女  じょ、冗談じゃ……!  やめて! はなして! はなしてよ!
   (つきとばす。父、舞台外へ)
父  うわあああっ!!
母  お父さん……お父さん!? 誰か! お医者さん! 来てください!
女  知らない! 私は何も知らない!(後ずさる)

店  お困りですか、お客様

   【上手スポットON】

女  助けて! お願い! 助けてよ!
   【女、嘘屋に駆け寄る→下手オフ+中央オン】
店  おやおや、どうしました? ほほ〜う、これはこれは……
女  違う! 私じゃない! 私は何もしてない!
店  なるほど、今日お持ちの嘘はそれなのですね。
   『家族を殺したのに、何もしていないと言い張る嘘』これは高値がつきそうだ
女  ばか言わないで! この嘘を手放せるわけないでしょう!
店  ずばり五億でいかがですか?
女  ご、五億?
店  殺人隠ぺいは人生を大きく左右しますので。欲しがる金持ちはいくらでもいるのですよ
女  五億……! で、でも、いくら大金が手に入ってもつかまっちゃったら……!
店  もしお売りいただけるなら、五億はこちらに準備できております(スーツケース開けて見せる)
女  ……!(見て、息をのむ)
店  どうなさいますか?
女  5億……五億あれば一生遊んで暮らせる。どこか海外にでも逃げれば警察だって……
店  さぁ、どうなさいますか?
女  ……売るわ。ただし条件がある。売るのは明日、場所は空港で。それでいい?
店  ええ、ええ、どこへでもおうかがいしますとも。
   お客様のための嘘屋ですから。

   【暗転】
   【暗転→C空港音→5秒間流したらフェードアウト】

女  さぁ、いいわ。私の嘘、売ります。
店  まいどありがとうございます。では、こちらが約束の五億です
女  おお……!
店  それではあなたの『家族を殺したのに誰も殺してないと偽る嘘』は私のものになりました
女  ええ。大丈夫。6時間後、私ははるか遠くの外国で……
母  ……やっぱり、お前だったのね
女  母さんっ? な、なんでここに……
母  お父さんに本当の病名をばらしたのも、お父さんを殺したのも、全てお前が……許せない!
女  ま、待って! 違うの、母さん! 私は悪くない!
母  うるさい! この……嘘つきっ!

(母、女をナイフで刺す)
   【刺された瞬間→赤照明2秒間】
   【倒れる→中央スポット】
   
女  あなた……私を売ったのね……!
店  あなたを? 売る? 御冗談を。私は嘘屋です。
   売るのは嘘、ただのそれだけ。それをどうご利用いただくかはお客様しだい。
女  お……お願い、助けて……
店  はいはい、お助けしますよ。お客様のための嘘屋ですから。それで今回のご用件は?
女  きゅ、救急車を呼んで……お願い。私は死にたくない。
   もうお金はいらない。逮捕されてもいい。死ぬのはいや……
   怖い……痛い……死にたくない……死にたくないよぉ……
店  ふぅ……残念です。あなたの言葉には一つの嘘もない。私ではお役に立てません
女  ………………

   【女の命とともに中央スポットがじょじょに消える】
   【完全暗転1秒後→普通明転】

店  それではお客さま、お約束の代金を
   (母親が懐から封筒を出す。店主は受け取り、中に入ったお金を数える)
店  ……8,9,10 はい、10万円。
   このスーツケースと合わせて5億10万円、確かに受け取りました

   【暗転】
   
店  さあさあ、お客様。

   【上手ON】
   【E嘘屋BGM】

店  困ったときはどうぞ嘘屋へ。
   どんな嘘でも買い取ります。どんな嘘でもお売りします!
   当店の商品はすべてが一級品!

   【音量下げる】

母  はい、もしもし。えっ……そんな……まさか娘が……!
   そんな、そんな……!(泣き崩れる)
   はい……はい、そうですね……わかりません。
   わたしはずっと、家にいましたから……

   【音量もどす(あげる)】

店  『家族を殺したのに何もしていないと言い張る嘘』
   5億10万円もしたこの嘘は誰にも見破れません

   【上手・下手オフ】
   【中央のみを7秒間→じょじょにオフ】
   【中央じょじょにオフに合わせて、じょじょにフェードアウト】
   【暗転】

<閉幕>




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